生産者のもとを訪ねて知る、上州キュイジーヌの舞台裏
東京青山の「フロリレージュ」のオーナーシェフ川手寛康が監修する白井屋ホテルのメインダイニング『the RESTAURANT』。地元群馬・前橋の食材に焦点を当てつつ、それをワールドクラスのクオリティで世界に向けて発信していくという、LocalからGlobalを見据えた強い想いを込めて「上州キュイジーヌ」を掲げています。
白井屋グランドオープンを控えた12月のはじめ、『the RESTAURANT』監修の川手シェフと、これからダイニングをメインで引っ張っていく片山シェフが群馬の生産者のもとを訪れ直接食材を手に入れ、2年間の研修期間にさまざまな技術・マインドを伝えてくれたシェフたちを招き上州のめぐみをふんだんに取り入れたスペシャルディナーを振舞う、いわば師たちへのお披露目会が開催されました。全国各地から集まった師匠であるシェフたちとともに生産者から素材の魅力を伺い、それらをどのようにして渾身の一皿としてテーブルに並べるのか。この日限りの特別な試みの様子をお届けします。
あの野菜もこの野菜も、地元で育っている
海なし県の群馬県と聞けば、どんな名産品を思い浮かべますか?
こんにゃく、下仁田ねぎ、水沢うどん、上州牛などの名前があがるかもしれませんが、群馬県の野菜生産量は全国6位(平成30年農業産出額の全国順位|農林水産統計)、さまざまな種類の野菜を生産しており、首都圏の野菜供給を支えています。特産として数品目が飛び抜けているわけではなく、多種多様な野菜を生産しているのが群馬県の野菜生産の特徴です。すなわち、遠くから取り寄せるまでもなく、地元に多くの美味しい野菜が実っているのです。
今回、ゲストである全国から集ったシェフたちとともに向かったのは下仁田ねぎの生産者である大沢農園の大澤貴則さんと、珍しい西洋野菜含む多品目の野菜を育てる良農園の伊能友和さんの畑。群馬にくるのは初めてというゲストも多く、群馬の食材にイメージがあまり沸いていない様子です。そんな最初の印象が、この1日でどう変わるのでしょうか。
「伝統農法で守る、ここならではの味」大沢農園・大澤貴則さん
200余年の歴史を誇る下仁田ねぎの名産地・馬山で、代々下仁田ねぎを栽培している専業農家の長男・貴則さんが営む大沢農園。先代から受け継いだ、地元に伝わる伝統農法を守りながら、太く上質な下仁田ねぎの生産に取り組んでいます。今回はちょうど下仁田ねぎの収穫シーズン真っ盛りのなか、畑にお邪魔し話を聞かせていただきました。
江戸時代から下仁田ねぎをつくってきた馬山地区では、昔から苗の二度植えという伝統農法が守られてきました。仮植えした苗を一度土から出してねぎにストレスを与えることで生命力を高まり、太く強く育つのだそうです。そうすることで身がしまり、下仁田ねぎ最大の特徴でもある甘みもぐっと増します。かなり手間のかかる農法のため、行っている農家は多くはないそうですが、馬山地区のねぎ農家では手間暇惜しまず二度植えを行っています。『下仁田生まれ』『下仁田育ち』『伝統の二回植え』をした葱だけが認められる下仁田町認定「下仁田町・下仁田葱の会」を結成し、伝統の味を守っているのです。
下仁田ねぎは、翌年の収穫に向けて9~10月頃に自家採種した種をまくところから始まり、約15か月もの長い時間をかけて栽培されます。長い期間をかけてこそ、太く甘いねぎが育つのです。大澤さんが丹精込めて育てたねぎはどれも立派に育ち、食べ応えがありそうですが、特に美味しいねぎの見分け方として、大きいながらも太すぎないものがおすすめだそう。みずみずしく、中にギュッとうまみが締まっているねぎは、料理の脇役ではなく主役を張ることができます。
大澤さんがおすすめするねぎの食べ方は、焼いて塩こしょうを振るシンプルなスタイル。下仁田ねぎの加熱した時の甘味、柔らかさ、とろみを、より感じることができるそうです。大澤さんの太鼓判付きのねぎをその場でピックアップしてもらい、車に積んで次の目的地へ向かいます。
「地の恵みを存分に受けた、100種もの露地野菜」良農園・伊能友和さん
次に向かったのは、国道17号の前橋渋川バイパス近くの良農園さん。中心街から車で15分ほどの場所で、前橋の中では都市型の農園と言えます。露地野菜に拘っており、化学肥料を使わずに、西洋野菜を中心に常時80〜100種類もの野菜を育てています。
昼間と夜間の寒暖差や風雨に晒されることによってたくましく育った野菜は、それぞれの個性を色濃く味わうことができます。冬は赤城おろし(冬になると北から吹く冷たい強風)が野菜に刺激を与えて、さらに味が濃くなるんだとか。野菜ソムリエの資格も持つ伊能さんの口からは、「この野菜はこうして食べて、さらにあの野菜と合わせたら彩りもばっちりだよ。」と、おすすめの調理法が次々と出てきます。料理は見た目も肝心だ、とこの日もにんじんだけで黄色・紫・赤と用意してくださっていました。ただ野菜をつくるだけに止まらず、その後どのように消費者の口へ届くかまで意識されていることが、多くのシェフに良農園さんが信頼されている要因なのでしょう。
作業場には白井屋の名前が貼られたコンテナが並んでいましたが、これらの野菜は白井屋からオーダーしたものではなく、良農園さんがそのタイミングで旬なものをピックアップして用意してくれていたもの。ただの受発注の関係ではなく、生産者のみなさんもともにレストランを作り上げる仲間であることが感じられます。
都内を中心に全国のレストランから引き合いがあるという良農園の野菜たちを、すぐ近くで扱える贅沢さ。この日の出荷物にはなんと青パパイヤも! 伊能さん曰く「前橋南国化計画を進めているんです」とのこと。前橋の豊かな土壌と手間を惜しまない生産者の方の努力は、これからさらに多くの食材を育ててくれるに違いありません。
群馬・前橋の魅力が詰まったスペシャルディナー
生産者の方が丹精込めてつくった野菜を抱えて厨房に戻り、ディナーの支度に取り掛かるレストランスタッフたち。オープンカウンター席のみの『the RESTAURANT』では、調理の様子も食事を楽しみに含まれており、着席したゲストらもディナーが待ちきれない様子です。
「憧れの存在だった人たちにディナーをお出しするということで、緊張していますが楽しみたいです」と話していた片山シェフが最初に出した一皿は「コンソメスープ」。レストランの始まりは、18世紀のパリである料理人が一杯のブイヨンを売りはじめたことからと言われており、レストランの原点であるコンソメスープに『the RESTAURANT』の意思を詰めて、ゲストをもてなします。コースの始まりを告げるこの一杯は、この日のディナーに限らず、『the RESTAURANT』にお越しいただいた方みなさまへ提供予定のものですが、下仁田ねぎの香りをうつし、この日ならではのスープとしてお出ししました。この一杯を皮切りに次々と運ばれてくる料理には、それぞれに群馬の食材が使用されています(一部抜粋してご紹介します)。
生産者のもとを訪ね、こだわりを伺ってから自らの口に運ぶ。標高1,828mの赤城山と平地の標高差によって、おいしく育った畜産・農産物を味わいながら、ゲストのシェフたちからは「こんなにすごい食材があるなんてずるいよ!」なんて声も聞こえました。
怒涛の1日を振り返ってみて、片山シェフからは「時間の制約がある中、最後の最後までベストを尽くす!ゲストに喜んでいただく!そんな川手シェフの姿勢に、レストランスタッフは感銘を受けました。ほとんどのゲストの方が、前橋はもとより群馬を訪れることが初めてでした。1日を通して、群馬の風土・文化・食との出会いを体験していただけたと思います。」とのコメントが。
グランドオープン目前のタイミングに行われた、『the RESTAURANT』のこれからを見据える節目ともなった本イベント。この日の経験は片山シェフ自らのミッションにも大きな影響を与えたようで、意気込みを語ってくれました。
「食材、シェフ、ゲストが揃って、レストランが成り立ちます。まずは、どんな食材を選び、誰の食材を使うか? そこに対して妥協しない。
次にシェフの技量、ヴィジョン、言葉、それらを最後の最後まで考え、手を動かす。全てはゲストのために。その結果、ゲストに対して群馬の食、風土、文化に触れ、忘れられない体験や出会いを届けられたら最高です!」
何もないようでいて、何でもある。そんな群馬の豊かな食材たちをこれからどう昇華させていくのか。2,30分でさまざまな生産者の元に行けるという地の利を活かしながら地域とのコラボレーションはますます進み、『the RESTAURANT』は絶えず進化していくでしょう。群馬の食との新しい出会いを、ぜひ味わいにお越しください。
川手 寛康(写真右)
レストラン【フロリレージュ】オーナーシェフ。1978年生まれ。洋食のシェフであった父の影響で、迷わず料理人の道へ。【オオハラ エ シイアイイー】や【ル ブルギニオン】で腕を磨いた後、渡仏し星付き店で修業。帰国後【カンテサンス】のスーシェフを経て、自らの2009年【フロリレージュ】を開店、2015年に移転オープン。Asia 50 Best Restaurant 2018 3位、ミシュラン東京ガイド二つ星獲得。今最も注目を浴びているシェフの1人。
片山ひろ(写真左)
群馬県出身。【帝国ホテル】でキャリアをスタート。その後都内のレストランでの修行を経て地元群馬にて自身のレストランを開業する。2017年、自身のレストランを閉めて白井屋ホテルプロジェクトに参画。【フロリレージュ】やベルギーの【Hertog Jan】など、国内外の名店での2年以上にもわたる研鑚を経て、白井屋ホテルのメインダイニング【the RESTAURANT】のシェフに就任。
text / Ayumi Yagi
photo / Shinya Kigure