杉本博司・榊田倫之の新素材研究所が手掛けた「真茶亭」とは?
扉を開けると、抹茶色の壁に大きな杉の板が目に飛び込んでくる
異色のバーカウンター型特別個室「真茶亭」。
設計を手掛けたのは杉本博司と榊田倫之率いる新素材研究所だ。
真茶亭の設計はどんな経緯で始まったのでしょうか?
杉本博司(以下、杉本) 僕の『海景』をどう設置するかという打ち合わせをした際に、元々改装前の旅館にあった茶室(*)を見せていただいたんです。壁が抹茶色という不思議な茶室で、そのとき「真茶亭」という名前を付けさせてもらいました。せっかく名前を付けたのだからと、古材木板に書を書いて、扁額にして差し上げたんですね。
*「真茶亭」はカウンター型の特別個室。この奥には白井屋ホテルの前身、旧白井屋の最後の女将・関根春江さんが愛用した緑色の壁の茶室「春月(しゅんげつ)」を移築した空間もある。
元からあった名称ではなく、杉本さんが命名者だったのですね。
杉本 そうなんです。そのあと田中(仁)さんから、「待合室として使おうと考えていたスペースがあるので、そこを真茶亭としてデザインしてくれないか」という話をいただきまして。その時点でオープンまでの期限が半年。なかなか無茶な話でしたが(笑)、まあなんとか間に合いました。
バーカウンターになっている無垢の杉の一枚板や、ボトルクーラーとして使える古い石製の立ち手水(ちょうず)に趣があります。
杉本 あの手水はおそらく江戸時代後期のものですね。奈良で見つけたのですが、実際にどこにあったのかはわからないんですよね。おそらく関西圏のどこかのお寺のものじゃないかと思います。
そこでしれっと江戸時代のものが出てくるのが新素材研究所のすごいところですね。
杉本 従来の建築事務所のように、素材をカタログから選んでくるようなことはほとんどしていません。何かの時に使おうと、普段からある程度ストックしているんですよ。カウンターに使った杉の板も、今回は施工まで時間がなかったのでうちの秘蔵のものを出してきました。また入り口にあるフロートガラスは、硝子職人の手で一枚ずつ小口を割って表情をつけ、割肌の表情を 読みながら、100 枚以上のガラスを手作業で重ねてできたものです。
はるか時代や土地を超えてストックを集められていますよね。
杉本 いつも気をつけて探していて、いいなと思ったのは買っておくようにしています。いつか使える素材として保管していますが、経理上は在庫になってしまったりと色々難しいところもあるんですけどね。
小田原の江之浦測候所をはじめ、パリのパレ・ド・トーキョーや東京都写真美術館で開催された個展「杉本博司 ロスト・ヒューマン展」など、古今東西のコレクションにおける知見の深さに唸りました。普段からどのようにお探しになっているのでしょうか。
杉本 : 歴史に対する興味はずっとありますね。日本に対しては特にです。「ロスト・ヒューマン展」は、33通りの文明が終わるシナリオをまず考えて、それをインスタレーションとして組み立てるという非常に面白い展覧会でしたね。パリのパレ・ド・トーキョーが最初でしたが、フランスのキュレーターやスタッフが探し出してくれたものもたくさんあります。街全体が朽ちて廃墟になってしまったお城の階段とか、そういうものを国費で買っていただいて。フランスはアーティストに寛大な国だなあと思いました。
そうした杉本さんのご活動の蓄積から「真茶亭」も生まれたのですね。
杉本 : 新素材研究所はあえて扱いの難しい中世や近世の伝統素材がもつ可能性を探求しています。この白井屋ホテルの特別個室である「真茶亭」においても、悠久の時を超えるような時間を過ごしていただけると嬉しいですね。
杉本博司 | すぎもと・ひろし
1948年東京都生まれ。現代美術作家。1970年渡米、1974年よりニューヨーク在住。杉本博司の活動分野は、写真、彫刻、インスタレーション、演劇、建築、造園、執筆、料理と多岐にわたる。杉本のアートは歴史と存在の一過性をテーマとしている。そこには経験主義と形而上学の知見をもって、西洋と東洋との狭間に観念の橋渡しをしようとする意図がある。時間の性質、人間の知覚、意識の起源といったテーマがそこでは探求される。2008年、榊田倫之と建築設計事務所「新素材研究所」設立。2009年、公益財団法人小田原文化財団設立。1989年毎日芸術賞、2001年ハッセルブラッド国際写真賞、2009年高松宮殿下記念世界文化賞(絵画部門)受賞。2010年紫綬褒章受章。2013年フランス芸術文化勲章オフィシエ叙勲。2017年文化功労者。
新素材研究所/杉本博司+榊田倫之
新素材研究所は、現代美術作家の杉本博司と建築家の榊田倫之が2008 年に設立した建築設計事務所です。その名称に反して、古代や中世、近世に用いられた素材や技法を研究し、それらの現代における再解釈と再興を活動の中核に据えています。すべてが規格化され表層的になってしまった現代の建築資材に異を唱え、敢えて扱いが難しい伝統的素材の建築的な可能性を追求する。それは近代化のなかで忘れられつつある高度な職人の技術を伝承し、さらにその技術に磨きをかけることでもあります。時代の潮流を避けながら旧素材を扱った建築を造ることこそが、今もっとも新しい試みであると確信し、設計に取り組んでいます。
text・interview / Arina Tsukada
photo / Asato Sakamoto