杉本博司 : SPECIAL INTERVIEW

個人史と人類史が重なる記憶の根源へ
ホテルエントランスに佇む、杉本博司の『海景』

杉本博司 : SPECIAL INTERVIEW

リニューアルしたSHIROIYA HOTELに対して、どんな印象を持たれましたか?

 

杉本博司(以下、杉本):何かとんでもないことが起こっているなと。話を聞いたときは一度解体して新築を建てたほうが経済的じゃないかとも思いましたけど、完成したホテルを見て、やはりこれは面白いなと感じましたね。

 

ホテルを入ってすぐのレセプションに、杉本さんの『海景』シリーズが展示されています。これはどんな経緯で決まったのでしょうか。

 

杉本:オーナーの田中(仁)さんが、アートホテルのロビーにふさわしい作品を世界中から探した結果、杉本の『海景』を選んでいただいたようです。誠に賢明なご判断だと思いますが(笑)、選んでいただけて光栄でした。

©Katsumasa Tanaka

通常、美術作品は鑑賞者の目線に合わせて展示されると思いますが、今回はとても高い位置に設置されていますね。

 

杉本:レセプションの台より高い位置にする必要がありました。当初はファサードから入る光が作品に反射するという懸念があったのですが、原寸の模型をつくって光の反射角度を研究しまして、結果としてどの位置からも美しく見える位置に設置できたかと思います。

数ある『海景』シリーズの中でも、『ガリラヤ湖、ゴラン』という作品を選出された理由を教えてください。

 

杉本:(イスラエル北部に位置する)ガリラヤ湖は、キリストが湖上を歩いた奇跡の土地だといわれています。英語名は「Sea of Galilee」といって「Sea(海)」と呼ばれていますが、実際はとても静かな淡水湖です。ここは行ってみるととても不思議な場所で、砂漠地帯の中に突然大きな森に囲まれた湖が出現するんです。海抜30メートルほどで気圧も高く、全体が非常に神秘的な空気に包まれていました。

 

そうした古代からつながる景色を、現代の私たちが見つめることにはどんな意味があると思いますか。

 

杉本:いま世界中で「文明の行く先」が人類の試練になっています。だからこそ、いま一度人間の文明というものがどこから来たのかを反芻する時期だと思うんですよね。ガリラヤ湖はキリストが活躍した古代の空気を色濃く感じられる場所ですが、SHIROIYA HOTELも廃墟化した場所を再生させた空間ですから、そうした意味ではアナクロニズム的な要素もあり、非常にマッチしたのではないかと思います。

 

土地の持つ時間や記憶と、杉本さんはどのように向き合ってらっしゃるのでしょうか。

 

杉本:SHIROIYA HOTELのある前橋は田中さんの生まれ育った思い入れがある土地ですし、僕の場合も小田原で初めて見た海が自分の記憶の根源となっています。そこには個人史と人類史が重なるような感覚があるんですね。歴史というものは、一人ひとりの個人史から始まると思うんです。それぞれの血の中に、人類が発生した時からの記憶や、人間の進化の歴史が流れています。人間という存在は、個人で生きて死んでいくのではなくて、大きな流れの中で生命が循環している。いまの時代、そうした感覚に思いを馳せて自分の血の記憶をたどっていくことが、『海景』という作品の根源にあるのだと思います。

杉本博司 | すぎもと・ひろし

1948年、東京生まれ。現代美術作家。1970年渡米、1974年よりニューヨーク在住。活動分野は写真、建築、造園、彫刻、執筆、古美術蒐集、舞台芸術、書、作陶、料理と多岐にわたり、それらの表現には歴史と存在の一過性というテーマが通底している。そこには経験主義と形而上学の知見をもって、西洋と東洋との狭間に観念の橋渡しをしようとする意図がある。時間の性質、人間の知覚、意識の起源といったテーマがそこでは探求される。2008年、榊田倫之と建築設計事務所「新素材研究所」設立。2009年、公益財団法人小田原文化財団設立。1989年毎日芸術賞、2001年ハッセルブラッド国際写真賞、2009年高松宮殿下記念世界文化賞(絵画部門)受賞。2010年紫綬褒章受章。2013年フランス芸術文化勲章オフィシエ叙勲。2017年文化功労者。

 

 

text・interview / Arina Tsukada

movie / Noriaki Okamoto

photo / Asato Sakamoto

杉本博司・榊田倫之の新素材研究所が手掛けた「真茶亭」とは?

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扉を開けると、抹茶色の壁に大きな杉の板が目に飛び込んでくる
異色のバーカウンター型特別個室「真茶亭」。
設計を手掛けたのは杉本博司と榊田倫之率いる新素材研究所だ。